中野京子さんの『クリムトと黄昏のハプスブルク』を読みました。
あとがきに記されている様に、”時代の必然のように登場した画家とその他の世相や事件をできる限り多面的に捉えようとする試み”の一環で、『フェルメールとオランダ黄金時代』に続くシリーズ第2弾になります。
話は1848年から始まります。当時、宮廷を牛耳っていたのは宰相メッテルニヒ。
フランスの2月革命が飛び火してウィーンでも自由を求める3月革命が勃発します。結果、メッテルニヒは亡命、皇帝フェルディナンド1世は退位し、実質的にハプスブルク家最後の皇帝となるフランツ・ヨーゼフ1世(在位1848~1916)が18歳で戴冠します。
そして、ミュージカルでもお馴染みの皇后エリザベート、皇太子ルドルフ、母親のゾフィー大公妃が織りなすハプスブルクの物語を縦糸に、リングシュトラーセの建設に伴うウィーン大改造 ―王立宮廷歌劇場、新ブルク劇場、美術史美術館等の建設ラッシュー、カフェ文化、ワルツやオペレッタ、ウィーン分離派の結成、退廃的な空気という社会の様相を横糸に、この時代に生まれるべくして生まれた画家クリムト(1862~1918)とクリムトの28歳下のエゴン・シーレ(1890~1918)の人生と作品が、中野節全開で語られます。
クリムト
・『ベートーヴェン・フリーズ』(1902)分離派会館
・『接吻』(1907-08)オーストリア・ギャラリー
・『ダナエ』(1907-08)ヴュルトレ画廊
・『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ』(1907)ノイエ・ギャラリー(アメリカ)
・『パラス・アテナ』(1898)ウィーン博物館
エゴン・シーレ
・『死と乙女』(1915)オーストリア・ギャラリー
・『家族』(1918)オーストリア・ギャラリー
等をめぐる物語が図版とともに語られます。
加えて、この2人だけではなく、クリムトも影響を受けた、1870年代のウィーンのスーパースター、ハンス・マカルト(1840~1884)や、美術史美術館の超有名なエリザベートの肖像(フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルタ―)なども紹介されています。
第1次大戦中の1916年11月にフランツ・ヨーゼフが86歳で没します。
後を追うかの如く、1918年2月にクリムトが脳卒中で(55歳)
1918年10月にエゴン・シーレがスペイン風邪で亡くなります。僅かに28歳でした。
1918年11月に第1次大戦は終結し、オーストリア=ハンガリー帝国も崩壊するのです。
650年にわたるハプスブルク家の歴史を絵画とともに読み解く「ハプスブルク家12の物語」もおススメです。