昨年仕事を辞めて、その後、マイペースで日々の暮らしを楽しんでいる知人から聞いた話です。
ある日、昔の仕事のピンチヒッターを頼まれて軽い気持ちで引き受けたところ、たった数か月仕事を離れただけなのにスキルの低下を実感、結構ショックを受けたとのことでした。
正確に言うと、「できなかった」のではなく、「想定以上に時間がかかった」、つまり、以前はサッとできていたことが、同じようにはできなかったということだそうです。
なかなか含蓄のある話です。
「1日休めば自分にわかる。2日休めば批評家にわかる。3日休めば観客にわかる。」という有名な言葉があります。
フランスのピアニスト、アルフレッド・コルトーの言葉だそうで、特に、ピアノのように身体を使う系は顕著だと思います。
仮に3日休んだとしたら、3日間は開放感に浸っているのですが、4日目に地獄を見ます。(まあ短いブランクであればちょっと頑張れば復活できますが・・・) 何事も使わなければ錆びるというのは紛れもない事実です。
逆に、僅かな時間であっても続けていると力をキープできるというのも事実です。
例えば、コンスタントに運動を続けていると、体力の低下をそれ程感じないのではないでしょうか。
とはいえ、長くやっているという理由だけで継続するのも考えものです。
「折角今まで続けてきたのに、ここで止めるのは今までの努力が無に帰してしまうように思えて、もったいなくて止めるに止められない」というパターンです。
所謂サンクコストの問題ですね。
断捨離に例えるならば、「非常に高価なものだったので捨てるのがもったいない」というケースです。もはや使っていないし、これからも使わない可能性が高いにも関わらず、高かったという理由で捨てられないのです。
モノの場合は単に部屋が狭くなるだけの話ですが、何らかの行為を、止められないという理由だけで継続してしまうと、それこそ「時間泥棒」になってしまいます。
では、どうしたらいいのでしょう。
ひとつの考え方は、後で必要になったときに復活できるならば、思い切って止めてみるというスタンスではないでしょうか。
止めてしまうとキープしてきた能力が一気に低下します。が、それは当たり前のことです。もしもそのまま将来に亘って必要がなかったのであれば、止めて正解だったということでしょう。
一定のブランクの後、復活することもよくあります。復活当初はすぐには適応できないですが、ちょっと頑張れば何とかなる、寧ろ復活であるが故に気合を入れるという経験があるのではないでしょうか。
ベースがあるものは最初からやるより早いです。何らかの事情で遠ざかっていたとしても、結構リカバリ―できます。そもそも、復活しようとするということは、本質的に好きだからでしょう。良くある話だと思います。
もっともその場合、「あの時止めていなかったら」と悔やむのもお約束の話ですが。